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紀州 根来鉄砲隊

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もくじ

- はじめに

- 津田監物

- 日本鉄砲の歩み


はじめに

 根来寺を代表して、杉之坊明算が種子島家に公式に伝来銃割愛を要請し、津田監物算長が種子島より鉄砲を天文13年3月15日、堺浦に得て帰国、そして鉄砲を最初に国産化に成功した地、根来です。
 この地で生まれ育った根来鉄砲隊は、現在戦国時代のロマンを求めて全国の古式砲術を愛する隊との交流を広め、深め、先人の残した文化遺産を後世に伝えるため活動しています。

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津田監物

 種子島家の「鉄砲記」に現れる津田監物なる人物は、種子島家の家臣のごとく表現され、時尭の使者として紀州の根来寺杉の坊某公に伝来銃の一丁を届けたとされている。
 天文13年、津田監物は堺鉄砲鍛冶の始祖たる刀工、芝辻清右衛門妙西に伝来銃を示し、これを倣製せしめた。
 本州における最初の国産火縄銃は、紀州根来寺の門前町、西坂元の芝辻鍛冶刀場にて、津田監物のプロデュースのもとに誕生したのである。
我が国最古の砲術、津田流も又津田監物を持って創始者とする。
 根来寺僧兵により鉄砲隊を創設し、永禄、元亀、天正の各年を紀泉に転戦し、激戦を重ねたのも、津田監物である。
 紀州家は、河内交野の津田周防守正信を出自とする。そして新兵器鉄砲を京都将軍足利義晴に献上した為、その功績を貴されて従五位以下に叙任された。後に、根来寺杉の坊僧兵軍団は、津田一族に任命された。津田監物算行、藍物算長、藍物重長に加え、藍物を冠称しなかった杉の坊院主津田明算、二代院主津田照算をも津田監物と呼称した所に、多くの文献の錯乱と異説が生まれたのである。
 根来寺を代表して、杉の坊明算が種子島に公式に伝来銃割愛を要請し、津田監物算長が使者となり、根来に持ち帰った。算長は芝辻に倣製を命じ、国産化に成功した。
 根来鉄砲隊を創設し、銃砲を工夫し、その精鋭度を高めた。
津田流砲術の始祖となり、実子算正と照算に継承せしめる。しかし、この津田監物算長は永禄11年10月22日69才の天寿を得て没する。
 弟明算も永禄元年にすでに先立ち、算長の子照算が杉の坊惣門主となり、元亀、天正の根来軍団の総指揮者として、門跡を継いでいる。
 天正13年3月21日、根来寺の砦にて、鬼神のごとく荒れ狂い、幾多の剛敵を打ち取りながら、遂に増田長森盛の手に弊れた。津田監物とは、実に杉の坊二代院主津田照算その人であった。
 照算は自由斎を号し、父算長に劣らぬ砲術家であり、その系流は没後重長に継がれ、津田流自由斎流として後世数多くの砲術流派の根幹となった。すなわち津田流は津田守勝へ、自由斎流は津田自由斎生徳へ伝えられ、この後津田家の血伝は薄れて行く。
 津田監物算長こそが、根来鉄砲の普及者であり、和流砲術の宗祖であり、根来鉄砲隊の創始者である。根来寺滅亡の悲惨な最後を知ることなく、永眠することとなる。

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日本鉄砲の歩み

 ◇1467(応仁1) 応仁の乱起こる。
 ◇1543(天文12)ポルトガル人によって種子島へ鉄砲伝来す。
 ◇1544(天文13)紀州津田監物、伝来銃一丁を根来へ。根来寺門前町にて芝辻清右衛門鉄砲倣製に成功。
 ◇1575(天正3) 長篠の役。(信長の鉄砲隊武田の騎馬隊破る)
 ◇1583(天正11)羽柴秀吉による大阪城工事の開始。
 ◇1585(天正13)秀吉紀州藩根来寺攻撃。津田監物鉄砲隊にて勇戦する。(根来寺潰滅)
 ◇1590(天正18)秀吉の小田原攻め、天下統一成る。
 ◇1592(文禄1) 第1次朝鮮侵略(文禄の役)日本軍鉄砲を主体に朝鮮、明軍を圧倒。
 ◇1597(慶長2) 第2次朝鮮侵略(慶長の役)秀吉、鉄張り戦艦と大砲を有する大鑑隊送り込む。
 ◇1598(慶長3) 秀吉死す。朝鮮にいた諸将日本へ引き揚げる。明の水軍日本軍の帰国を阻む。
 ◇1600(慶長5) 関ヶ原合戦、天下分け目の戦役。
 ◇1603(慶長8) 江戸幕府開く。徳川家康。
 ◇1610(慶長15)家康、国友鍛冶に大筒を造らす。
 ◇1611(慶長16)堺鍛冶、芝辻理右衛門助延が日本最初の一貫百目玉鉄製大筒を造る。
 ◇1614(慶長19)大阪冬の陣。徳川軍大砲で大阪城砲撃、豊臣軍を応戦。
 ◇1615(元和1) 大阪夏の陣。豊臣氏滅ぶ。
 ◇1620(元和6) 徳川氏による大阪再築城工事始まる。
 ◇1623(元和9) 家光、井上外記に命じて国友鍛冶を江戸城に呼び連発銃等を作らす。
 ◇1637(寛永14)島原の乱。(幕府、城内の鉄砲に悩む)
 ◇1639(寛永16)鎖国完成。
 ◇1819(文政2) 国友藤兵衛重恭。(一貫斎気泡を発明)
 ◇1830(天保1) 藤兵衛20連発早撃ち気泡を発明。
 ◇1848(嘉永1) 佐久間象山、大砲を鋳造。
 ◇1849(嘉永2) 幕府、洋式砲を鋳造。
 ◇1853(嘉永6) 米国使ペリー浦賀に来航。
 ◇1867(慶応3) 徳川慶喜、大政奉還し明治天皇即位。
 ◇1905(明治37)国産第1号小銃村田銃を軍用銃に制定。

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