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語り部

語り部について紹介させて頂いているページです。横スクロールでお読み頂けます。また、文字のサイズを変更する事ができますので、「フォントサイズ」で読みやすい大きさを選択してお読み下さいね。

「語り部」をご希望の方は、概ね10人以上のグループで、PDFファイルを印刷して、必要事項をご記入の上、岩出市観光協会までFAXでお送りください。日程調整の上お申込の方にご返事を差しげます。

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もくじ

- はじめに

- 根来寺の来歴

- 覚鑁上人と頼瑜僧正

- 不動堂

- 大塔

- 大伝法堂

- 大師堂

- 御廟所(奥の院)

- 光明真言殿(光明殿)

- 本坊と名勝庭園


はじめに

 「いわで語り部クラブ」は岩出市観光協会の内部組織として、岩出市を訪れる観光客の皆さんに、 名刹「根来寺」を中心とした、歴史・文化・風土を紹介し、また市民に対しては、郷土のことをよく知 ってもらうための活動を行うことにより、観光振興と地域振興に寄与することを目的としています。
 「語り部」による根来寺の案内については、次の“さわり”の部分を紹介します。

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根来寺の来歴

 寺の正式な名前は一乗山大伝法院根来寺です。開基は鳥羽上皇、開祖は覚鑁上人で後に興教大師という諡号(しごう)を受けています。 - - - - - - - - 。

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覚鑁上人と頼瑜僧正

 覚鑁上人は、九州の佐賀県出身で、13歳で京都仁和寺に入り修行、その後奈良仏教を勉強して出家得度し、二十歳で高野山に上られています。そのころの高野山は、弘法大師空海が亡くなられて300年ほど経ており、教義の研究が衰退していました。 - - - - - - - - 。
 頼瑜(らいゆ )僧正は、高野山から大伝法院を根来の地に移す大事業を成し遂げ、学問の寺として確立 し、根来寺の中興の祖と仰がれた方です。 - - - - - - - - 。

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不動堂

 覚鑁上人は長承元(1132)年 高野山に大伝法院を開き、根来寺の礎を築きました。大伝法院は13の堂が建立され、その一つの不動堂には、一丈八尺の大きな不動明王が安置されていました。高野山では上人の栄達と声を妬(ねた)む金剛峰寺方の暴徒が、上人を高野山から放逐(ほうちく)せんとして密厳院に乱入し、不動三昧に入っていた上人の姿を発見できず、不思議に思って見回すと1体しかない筈の不動明王が2体並んで坐していたので、どちらが覚鑁上人なのか確認するため、矢尻で両方の膝を錐もみしたところどちらからも鮮血がほとばしったので、暴徒は恐れおののき退散したという。根来寺の錐鑚不動、また身代わり不動の伝説は、西行に託される「撰集抄」にあります。 - - - - - - - - 。

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大塔

 国宝の大塔で、木造では最大(日本一)であり、高さは約40メートル、横幅は15メートルあります。建物の芯柱は2層から上に取り付けられ、広い軒を支えるため組み木を巧みに使われており、今で言う「免震構造」と成っています。建物全体では、大日如来の座した姿を現しており、真言宗の神髄であります。1層の内陣は胎蔵界の立体曼陀羅(まんだら)であり、中央に胎蔵界の大日如来の配置し、その真上の2層から心柱が通っています。 - - - - - - - - 。

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大伝法堂

 本尊をお祀りする本堂です。学問の寺でありますので仏法を学ぶ大学の講堂に当たります。建物は元々大師堂と同時期に建てられていましたが、天正の兵火の後、織田信長の菩提を弔う寺を建立するため解体され部材を全て運び出されましたが、再び組み立てられることなく朽ち果てました。現代の建物は江戸時代に紀州徳川家の援助により再建されたものです。 - - - - - - - - 。

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大師堂

 真言宗の祖師である弘法大師をお祀りしているお堂です。 現存する建物で最も古いもので約600年経っています。建物と須弥壇(しゅみだん)が国の重要文化財で、弘法大師坐像は県指定文化財です。 - - - - - - - - 。

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御廟所(奥の院)

 覚鑁上人の御廟所です。御荼毘所(おだびじょ)から江戸時代に霊廟(れいびょう)をこの奥に移しています。 - - - - - - - - 。

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光明真言殿(光明殿)

 開祖覚鑁上人をお祀りする祖師堂になります。江戸時代に紀州徳川家の寄進により建造され約200年経っています。正面奥の御簾(みす)の内には覚鑁上人坐像が安置され、普段は秘仏となっています。御遠忌など特別な時以外は開帳されていません。内陣には鳥羽上皇のお位牌や紀州徳川家8代藩主重倫(しげのり)公縁(清信院)の位牌が祀られています。 - - - - - - - - 。

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本坊と名勝庭園

 紀州徳川家の別荘であった吹上御殿を江戸時代に移築した建物で、名草御殿といいます。
 名勝庭園は山裾を利用した遠州(えんしゅ)流池泉(ちせん)式蓬莱(ほうらい)庭園で、鶴と亀をかたどった島があり、右手 に根来型手水鉢があります。 - - - - - - - - 。

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